「S0-イズミ 現代彫刻の呪縛を解き放つ」
加藤 義夫 (キュレーター/美術評論家)
昨年久し振りにイタリアを南から北へ旅行した。ナポリ、アルベロベッロ、マテーラ、カプリ島、ソレント、ポンペイへ。そしてローマ、シエナ、サン・ジミニャーノ、フィレンツェ、ピサ、ベネチア、ミラノの旅の途中に感じたことがある。イタリアは都市そのものが博物館で美術館。小さな街のひとつひとつにも歴史と芸術文化の薫りが漂う。さらに、フラ・アンジェリコ、ボッティチェルリ、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロといったルネサンスの巨人たちの美術遺産がひしめき合う。
イタリアで芸術をやるという覚悟と勇気、そして芸術家として生きることの偉大さについて思う。
SO-イズミさん(1961年北海道生まれ)は、86年に渡伊し92年にイタリア・カッラーラ美術アカデミーを卒業。彫刻家としてイタリアを中心にフランス、ベルギー、ドイツなどヨーロッパや台湾、日本で作品発表をしてきた。
カッラーラは古代から大理石の産地として有名な街。ミケランジェロの彫刻もカッラーラ原産の白大理石だ。「神のごとき人」と賞賛されたミケランジェロが20代前半に制作した大理石彫刻サン・ピエトロの「ピエタ」。これを見て誰もが神業だと思い、雷に打たれたような衝撃を感じる。人智ではない、しかし神でないとすれば。地球外生物 ? 宇宙人として心に留めておいた方が、精神衛生上都合が良い。そんなふうに約30年前の私は考え、ミケランジェロとの折り合いを付けた。
私がSO-イズミさんの彫刻に出会ったのは、09年東京の玉川高島屋S・C本館屋上フォレストガーデン。「屋上彫刻展 part6 遊びと造形」の小冊子に文章を寄せた時だった。黒大理石と白大理石を対比させ、巨大なオカリナ彫刻がゴロンと並ぶ。それはこんな感じだ『風が吹くと言えば、オカリナは息を吹いて音を出す楽器。しかし、音の出ない大きな大理石の「オカリナ」がゴロリと横たわる。SO-イズミさんの石彫は、屋上庭園の風を感じた子どもたちがすべり台として利用することもできる触れ合いの彫刻。』
さて、目に見えない音楽を視覚化しようと抽象絵画を生みだしたのが、約100年前のワシリー・カンディンスキー。彼の頭には最も純粋な芸術として音楽がモデルとしてあった。目にみえない現象や感情をさまざまに視覚化しようとし、リズムやハーモニー、音色など抽象的なものを精神の状態としてとらえ表現した。目に見えないものを見えるようにすること、それこそがカンディンスキーの命題だった。
人は経験に基づいて見たものを認識する。楽器だけを見て音を想像することもある。馴染みがあり身近なところでは、小中学生の時に演奏したリコーダーやピヤニカ、ハーモニカ、そしてビアノやオルガン。それらを見ただけで頭の中に音楽が流れる人もいるだろう。弦楽器ならバイオリンにチェロ、ギターにマンドリン、ウクレレ。管楽器ならトランペットにフルート、クラリネット、サックスなどが一般的か。
本展では、SO-イズミさんのイタリア・カッラーラ時代の作品「SAXOPHONE?」「ALPEN HORN」「FAGOTTO?」なども展示される予定だ。彼の彫刻はこれら楽器という装置をモチーフとした石彫である。しかし音はでないが、音を感じさせる力がある。作者は「置き場所・置き方にこだわることのない自由に作れるものを求めてこの楽器シリーズを制作」と語る。
05年制作「SAXOPHONE?」は、不時着した宇宙船のようなオブジェの上部先端に鉄線をつなげ、管楽器を思わせる楽器が接続されている。大理石の塊を削って楽器を掘り出す手法。大理石にノミが入った荒削りの肌合いは、手の感覚を伝えるのには十分すぎる要素を秘めている。作り手の鼓動と息づかいが聞こえてくるようだ。冷たい感じのする金属とノミあとが残る暖かい感触の大理石の絶妙な組み合わせに観る者は魅了される。
そこでは何かしらの懐かしさとともに、みんなの頭の中に音楽が流れることだろう。クラシックやジャズ、ボサノバなど観る人の感性によって異なり、それぞれの人に委ねられる。ちなみに私の場合は1950〜60年代のスタンダードジャズが聞こえてくる。
09年制作「Saxophone-GN?」は、中央に大理石の長い管楽器らしき形体のものと周囲に鉄の線材を組み合わせ、その先には動物の角をイメージさせる大理石のラッパが8つで構成された作品。エルガー作曲の行進曲「威風堂々」第1番が似合いそうだ。そして「Saxophone-GN?」は、高らかにファンファーレを奏でる。
大理石と鉄を組み合わせた彫刻は、私にとって南イタリアのアルベロベッロの街並を彷彿させる。高い円錐形の石を積んだ屋根を持つトゥルッリがある町。真っ白に塗られた壁と円い屋根、おとぎの国のお家だ。おとぎの国のおとぎの音楽、そんなイメージもしてくる。
プライマリー・ストラクチャー(基本構造)を主体したミニマルな表現をよしとしてきた現代彫刻。S0-イズミさんの夢のある彫刻からはイメージの音楽が流れ、私たちを現代彫刻の呪縛から解き放つ力を持っている。それはモダニズムを超えた場所に私たちをいざなう。さらに彼自身が彫刻くりを楽しんでいることが、観る者にも感覚的に伝わるところが良い。
ルネッサンス期のミケランジェロやバロック期のベルニーニを輩出したイタリアに長年滞在し、こんなに自由に楽しい彫刻を創造できる作家は、素敵で希有な存在だといえよう。 |