「色彩が響き合う無重力空間」 加藤義夫(キュレーター/美術評論家)
私は2年ほど前に台湾の高雄市で「日本抽象絵画の100年の流れ」という講演会を行った。恩地孝四郎が日本初の抽象絵画を木版画で制作して100年となる、その年に台湾の美術関係者に日本の抽象絵画の流れを紹介できたことを光栄に思った。事前に講演資料を整理する上で気づいたことがあった。かつての抽象絵画の巨匠たち、例えば岡田謙三、猪熊弦一郎、村井正誠、さらに「具体」の元永定正、田中敦子らは、優れた色彩家だということだ。近年に至っては草間彌生も含まれるだろう。そして、マティスやカンディンスキー、モンドリアンもカラリストだった。色彩を効果的に正確に使えるか使えないかで抽象絵画の本質が問われる。色彩こそが抽象絵画の生命線だ。そんな風に思った。
さて今年の初春、大阪芸術大学大学院博士課程前期の修了制作展で、山下三佳さんの横長の大作「TUNE」を観た。約9.5mを超える作品は、下部は色面で構成され、上部は白い空間に絵の具たらし込みを採用した絵画だ。山下さんの描く原風景とは、故郷である富山県の田園地帯。「山や田畑に包まれるような空気感、家の敷地や道端に生えた植物たち、そんな些細な日常で見つけた自然のエネルギー」を作品化したいと語る。それら一連の作品に対して作家は「大地から湧き出る生気を描く」とし「底しれぬ自然のエネルギーを色と色とのハーモニーや色彩から受けるパワーで表現したい」と記している。
一般的に私たちが自然をイメージする時の色彩は、野山に広がる爽やかな緑色や生命が生まれ育った母なる海やどこまでも広がる大空から光降り注ぐ、鮮烈な青色を思い浮かべる。しかし、彼女の自然へのイメージは、私たちとは多少異なる。色彩構成は唐紅と赤橙を中心として、その間に山吹色、空色、若葉色、藤色などを配することで色彩が響き合い豊かな空間を創造している。色彩の交響曲のようで「TUNE」というタイトルも自ずとうなずける。下部構造は鮮やかな色彩が散りばめられ、上部構造は空間としての真っ白な面に下部の色彩が侵食し、燃え立つ色彩を真っ白な空間が受け浮遊感あふれるものだ。どっしりとした下部構造から立ち上がる色彩の狼煙(のろし)は、植物が芽吹く様子であろうか生命の息吹を感じさせ、萌え立つ自然の匂いに包まれる。他方、地球の重力に反発するかのごとく感じられる画面構成は、無重力絵画とでも言えようか。鮮やかな赤色に特徴をもち、重力を無視した空間構成にオリジナリティを感じる。色彩は私たちに様々な光の感動と興奮を与えてくれ、大地と空の物語が多様な色彩で語られる。
カラリスト山下三佳さんの初個展に、大いに期待したい。未来の巨匠になる日を夢見て。 |